ニュースの概要
アットプレスが、海洋バイオテクノロジー市場について2026年から2032年までの世界予測をまとめた調査レポートを紹介している。海洋バイオテクノロジーとは、海藻、微生物、貝、魚、海綿など海の生き物が持つ働きを、医薬品、食品、化粧品、工業素材、環境対策に活かす技術の総称である。レポートは、医療から素材、エネルギーまで需要の裾野が広がっていることを背景に、この分野が今後数年にわたり拡大する見通しを示している。ただし、公開されているのは調査会社が販売するレポートの概要であり、前提条件や算出方法までは読み取れない。そこで本稿では、数字そのものよりも、予測の背後にある技術と産業の動きを読み解く。
引用元: 海洋バイオテクノロジー市場―2026年~2032年の世界市場予測(アットプレス)
分析・見解
予測の数字より、海の資源の使い道が広がった点が重要
海の生き物から薬が生まれた例は少なくない。海綿由来の成分から作られた抗がん剤エリブリン、ホヤ由来のトラベクテジン、イモガイの毒を元にした鎮痛薬ジコノチドなどが代表例である。ただし、これらは偶然の発見に頼る面が強く、開発に長い年月がかかった。状況を変えたのが遺伝子解析の費用低下である。海水や海底泥に含まれる微生物の遺伝情報をまとめて読み取れば、使えそうな成分を採取の前に絞り込める。日本でも、海洋研究開発機構が深海の微生物を長年集めており、研究の元手となる資源の蓄えがある。
AIと養殖が、採取に頼る弱点を埋め始めている
海洋資源の最大の弱点は、量が安定しないことである。有望な成分が見つかっても、野生の海綿を大量に採れば環境を傷める。そこで鍵になるのが、AIによる成分の予測と、微生物や藻類の培養である。成分の構造をAIで推定し、発酵や化学合成で作れば、海から持ち出す量を減らせる。たとえば、紅藻の一種であるカギケノリを牛の餌に少量混ぜるとメタンの発生が減るという研究があり、養殖と環境対策が一つの事業になり得ることを示している。
売上を支えるのは医薬より、食品や素材の分野
市場と聞くと創薬を連想しがちだが、短期で売上を支えるのは別の分野だろう。藻類由来のオメガ3脂肪酸、海藻から作る増粘剤、化粧品向けの保湿成分、飼料や肥料向けの海藻抽出物は、すでに商業規模で流通している。医薬は当たれば大きいが、開発に10年以上かかり、成功率も低い。食品や素材で稼ぎながら医薬の研究を続ける二段構えが、事業としては現実的である。なお、市場調査の数字を読むときは、どの分野まで含めた予測なのかを必ず確かめたい。
予測が外れる分かれ目は、規制と環境への配慮にある
独自の視点として、海洋バイオは気候変動対策と同じ構図を持つ点を挙げたい。成長が見込まれるほど、乱獲や生態系への影響が問われ、規制が厳しくなる。遺伝資源から得た利益の分配を定めた名古屋議定書や、公海の生き物の遺伝情報を扱う国連の公海条約(BBNJ協定)は、まさにその流れにある。規制は成長を止める壁にもなれば、信頼できる企業だけが残る選別にもなる。予測どおりに伸びるかは、採取の記録を追跡できる企業がどれだけ増えるかにかかっている。記録を示せる企業は、輸出先や大手の取引先からも選ばれやすくなる。
ビジネスへの影響
食品・化粧品・化学メーカーは原料の見直しから始める
石油由来や陸上植物由来の原料を使っている企業は、海藻や微細藻類で置き換えられないかを検討する価値がある。保湿成分、増粘剤、機能性食品の素材などは、すでに供給元が複数ある。注意すべきは、価格、品質のばらつき、供給量の三点である。いきなり全面切り替えをせず、小さな量で試験導入し、ロットごとの成分の差を測るのがよい。調達先に採取地と方法の記録を求めておけば、将来の規制や取引先の監査にも対応しやすい。
中小企業や自治体は養殖と加工の連携で参入できる
創薬は大企業と研究機関の領域だが、原料の養殖、乾燥、抽出といった工程には、地方の漁協や中小企業にも機会がある。大学や研究機関が持つ菌株や技術を、地元の養殖事業者と組んで事業化する動きは、今後増えるだろう。自治体にとっても、藻場の保全と産業づくりを同時に進められる点が魅力である。補助金を探すときは、水産分野だけでなく、環境や脱炭素の制度もあわせて確認したい。
投資判断では市場規模より収益化までの年数を見る
予測の数字は年平均成長率で語られることが多い。しかし、意思決定に必要なのは、自社が何年で売上を立てられるかである。医薬は10年単位、素材や食品は2〜3年が一つの目安になる。そこで資金計画を二層に分け、短期は素材で回収し、長期は医薬の共同研究に少額で関わる形が現実的である。研究提携では、成果の権利と利益の分け方を最初に文書で決めておくことが、後の争いを防ぐ。